2021-04-05

病気を治すのは自分自身であり、経験は自分への信頼につながっていく

薬に頼りきりだった看護師時代から、病気を治すのは自分自身であり、本当に見るべきことに気づいた現在まで。
看護師であっても知らないことだらけで、身体はよくできていることを
知れば知るほど感心します。

この仕組みがわかってきたから、必要なことは自分のこころと身体が教えてくれるんだなぁ、と安心ベースでいられることが多くなりました。

強がることも、弱くいることもなく、上も下もなく、プラスもマイナスもなく、全部がそのままマルなんだなぁ、と思う今日この頃です。

病院は嫌い、でも薬には頼る。
そんな看護師時代。


私は病気になってから治せばいい、というか、その他のことは思いつかないでいました。

そこに変化が起こったのは、二人目妊娠中の重度妊娠性痒疹。
どうしたら治るのか、必死に調べました。
何となくではありましたが、妊娠中のステロイド使用は避けたかったので、ほかにどんな手段があるのか調べまくりました。
でも、対症療法しかなく、症状を軽くすることだけ。しかも、どんなことを試しても一時しのぎでした。

完全に治ることは望めず、原因は不明。産めば治る、ということでした。
確かにそうです。でも、産んだらすぐ治ると思っていたものは、3か月かかりました。本当にしんどかった。

2人目が生まれる直前に見つけたのは、健康マニアなエイミーズ紀子さん。
先住民食を推奨されていました。
今まで何も気を付けず、さらに妊娠中は食べづわりで甘いものも思いっきり食べていたので衝撃でした。

離乳食も米からではなく、動物の骨を舐めるところから。
卵黄も早い段階で食べ始めたり、今まで聞いたこともないことを情報発信されていました。

悪いのは糖質?


そこから私は糖質が悪者だと決めつけ、糖質制限の高たんぱく食に切り替えました。(エイミーズさんは糖質が悪者とは言ってません)
半年ほどたつと、花粉症の時期も難なく乗り越えられ、これはやっぱり正解だ、と思ったのです。

でもどこか、我慢をしているような感覚があり、もろい土台の上に立っていたように感じていました。

そこから実に4年ほど。
徐々に糖質も摂るようになり、おやつも解禁となり、8年目の今、動物性のたんぱく質メインは変わりませんが、ゆるゆるとするようになりました。

答えは自分の中にあった。

妊娠性痒疹をきっかけに、何がいけないんだと外に答えを求め、食に頼ってみたり、悪者を決めてみたりしましたが、そうではなかったんですね。
3人目の妊娠時も痒疹はあって、これまた本当につらかったけど、2人目の時よりはまだマシでした。
そのときはてっきり、糖質制限してるからだ、やっぱり糖質が悪かったんだ、と思ったのですが、今思えばそれは半分正解で半分違う。そんな感じです。

痒疹が起こるベースにあったのは
・冷え性→代謝の低い身体→老廃物が出しにくい→老廃物がたまりがち
・冷え性→代謝の低い身体→エネルギー産生が少ない→余力のない身体
・パンが大好き、おなかは昔から弱い→グルテンによるリーキーガット→炎症の起こりやすい身体
・甘いものが大好き→甘い物と一緒に摂っている植物油脂も大量→炎症の起こりやすい身体→糖質過多がそれを後押し

よくわかりやすいところでこんなところでしょうか。
子どものころから毎年しもやけになっていたのを思い出します。

それが、妊娠によって急に体温が上がり、免疫が活発になり、炎症は起こりやすい身体だったので、一気に排出を始めた、というところだったのかもしれません。

身体を通して気づいたこと、身体が教えてくれたこと

こうやって身体を通して実感したからこそ、治るには薬しかないと思っていたところから身体の声に耳を傾け、何が正解かなんてわからないけど、できることはやってみました。

そして、何となくではあるけど身体が整ったところで、今度は自分と向き合うことに目を向け、答えは外ではなく、内側にあるんだということに気づきました。

そして、身体の一大デトックスのあとの、こころの一大デトックス。
子育てであぶりだされた私の中のインナーチャイルドやトラウマが、自分ではコントロールできないほどに暴れまくってました。

何度も何度もくじけては、人に助けてもらい、すこしづつすこしづつ解消し、自分の軸が見えてくるようになりました。

まだまだ波はあるけれど、今の私には、ノートがあります。自分で解消していくための大事な相棒です。

そこからはまた、何となくで整えてきた身体をもっと知りたくなり、明確な知識をもって考えられるようになる勉強に取り組んだり、バレエを習い始め、身体に問いかけながら整えてみている途中です。


病気になったら薬で治す。それは近道だと思っていた。

そして、薬を使わないことは遠回りだと思いながら、迷いながら薬を使わない選択をしていました。

でも今は、薬を使うことは決して近道ではなく、出てこようとする、良くしようとすることを抑え込んで、身体に閉じ込めていることを理解しました。
だから、薬を使わないことは、遠回りではなく、結果として近道だということを知ったのです。

これからの未来に

近道でも遠回りでもどちらでもいい。生きる力を信じながら、経験を腑に落としていけることがありがたいですね。
経験を通して、言葉では伝えなくとも、子どもたちに、大丈夫、あなたたちを信じているよ、とメッセージを送っているような気持ちでいます。

ひとつひとつ、経験していくことが、結果として、自分を信じ、肯定していくことにもつながってくのではないでしょうか。

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